▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
特定非営利活動法人(NPO)ふくしま飛行協会 週間ジャーナル
ぺんぺん草通信 第384号
                             2010/06/27
                             編集責任者 斎藤喜章
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

 【雰囲気(2)】

 凛々しき若武者の像の周りをキョロキョロしながらウロウロしている初老の
オヤジがいる。
 ここは福島県北地域であり宮城県の境にある国見町、国見町観月台文化
センターの庭先である。
 若武者像の台座に書かれている銘文などを読んでいると年のころ5歳ぐら
いの男の子が筆者に近づいてきた。

 「おじチャン、何読んでるの?」
 「みなもとの ほうがん くろう よしつね」(源判官九郎義経)て、書いてあ
 るよ・・・。

 この国見町では義経祭りという行事がある。義経にとってこの地は縁古い
地域である。奥州藤原氏に庇護されていた義経は、兄頼朝軍に加勢するた
め福島県北地方の郷士を筆頭の郎党として鎌倉に向かって参陣した。
 この郎党こそ義経四天王と呼ばれた佐藤継信・忠信兄弟である。佐藤一族
の根城は大鳥城と言って福島市の飯坂温泉に程近いところにあり、今は公園
になっている。

 義経軍は平氏追討軍に加わり、兄継信は義経を命がけで守り屋島の合戦
で戦死、義経いたく悲しんだといわれている。
 その後、義経は数々の武功を挙げるが頼朝のご勘気をこうむり追われる身
となる。弟忠信の義経への忠義心は篤く、追われる義経を身をとして守った。

 義経一行は辛うじて奥州藤原(岩手県・平泉)に戻るには戻ったが・・・。
戻ったことが大きな火種となり奥州合戦になる。厚津賀志山の二重堀での
頼朝鎌倉軍との激戦は奥州藤原氏は敗れ平定された。
 と、いうのが大体の史実のようだ。

 判官贔屓とも言われるが悲劇のヒーローとしての義経は全国的に知られ
ている。弁慶とあわせて。

 しかし、この地にはヒーローこそ少ないが佐藤兄弟のように目立たないが
しっかりした仕事をするというような気風があるように思う。ヒーローを輝かす
立場の豊かさを味わうのも良いものだ。

 おじちゃんと声をかけてきた男の子は「ありがとう」と言って、母と手をつなぎ
帰って行った。
 この子が少年になりやがて成年に、この地の気風のような素敵な人生で
あって欲しいと思った。

 ・・・が、そのように思えたのも、一緒にいた母親から「変なオジサンのところ
に近づいちゃダメ!」と言われなかったからかも知れない。


=============================FFA
【活動報告】

5/2   ふくしまNPO活動サポートセンター新会場開所式参加(斎藤)
5/4〜5    GW「みんなの遊び場になるU」
5/27  日本航空協会 表敬訪問
5/30  ふくしま飛行協会総会 18:00 ウイング・カフェ


=====【年間行事計画(予定)】===☆=========☆★=

10/10〜11 全日本曲技飛行競技会
10/16〜17 エアロスピリッツりんご祭

==============================FFA
NPOふくしま飛行協会 斎藤喜章