【雰囲気(3)】
地元の新聞のコラムに、ある郷土史研究家が「阿武隈川 蝦夷と大和の
境界線」という著書を出版したと書いていた。
阿武隈川は福島県を北に流れ国見町や伊達市に肥沃な平野を造り宮城
県から太平洋に流れる。
奥州合戦でこの地を得た伊達氏は伊達政宗の時代になるまで福島県北
地域を治め一大勢力になっていく。正宗の二代前まで梁川城(伊達市・梁川
町)を居城としていた。
この梁川町にも阿武隈川は流れ、この川からあまり離れていないところに
梁川城址があり、今は学校などの教育施設が建っている。
話題にしている国見町の二重堀も厚津賀志山の中腹から阿武隈川に接
するように造られ、阿武隈川と二重堀で鎌倉軍を押さえ込もうとしたことが
わかる。
その時代にあって川や山は勢力を分断する境界線でもある。本のタイトル
「阿武隈川 蝦夷と大和の境界線」とは実に地域の雰囲気を表現している。
蝦夷とは古代東北の勢力一般、大和は畿内の文化・文明勢力、この境が
阿武隈川。
大和の文化人から見れば阿武隈川以北は野蛮が住む国。
・・・と、思っていたかもしれない。
話を戻す。
伊達政宗が若かりしころの初陣で梁川城を居城として相馬氏と戦った。
この梁川城のすぐ脇を流れる川の名が広瀬川。この地で阿武隈川に合流
する。
ここが「元祖・広瀬川」なのだ。伊達正宗が仙台を流れる川に、梁川の
思い出をこめて広瀬川と名づけたとか・・・。
この地に住む住民として大いに納得して聞くのだが、仙台の皆様から見れ
ば如何なことであろう。
古代から文明開化の曙の時代までこのような勢力の境に暮らした人々の
思考はきわめて柔軟であり謙虚な雰囲気がある。
だが、言い方を変えれば「長いものには巻かれよ」的でもある。
しかし、故事によれば巻かれた後の対処を知っていれば象牙を得ること
になるはずだ。
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【活動報告】
5/30 ふくしま飛行協会総会 18:00 ウイング・カフェ
=====【年間行事計画(予定)】===☆=========☆★=
10/10〜11 全日本曲技飛行競技会
10/16〜17 エアロスピリッツりんご祭
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